鹿野淳氏は1年に3回のペースでフルマラソンに出場するために、日々ランニングを行っている。鹿野氏に音楽ジャーナリストならではの視点も踏まえ、ランニングを続ける方法などについて話していただいた。
――鹿野さんが仕事でご一緒するアーティストの中にもランニングをする方が多いですよね。
鹿野:そうですね。アーティストの方が走るのはよく分かります。色々なスポーツがありますが、ランニングは怪我をしにくいので、スポーツとして選択しやすいですからね。あと、ランニングやマラソンって、結局自分とずっと向き合うことなんですよね。だから色々自分を深掘りしたりできるので、多分、音楽を作るのにランニングっていい時間なんじゃないかなって思います。
音楽業界は、レコーディングよりもライブなどのエンターテイメントの時代に変わってきています。酸欠は当たり前のライブハウスで1時間かっ飛ばすだけの体力が必要ですし、スタジアムやアリーナではステージの右から左へ50m以上も一気に走ったりして2時間半位のライブをしなければならないんです。あれを見ていると、昔のように音楽をやるって文系のクリエイトではなく、フィジカルに訴えかける体育会系のクリエイトなんだなあって思わされます。
それゆえ、彼らがランニングをして持久力を高めていくというのは理にかなっていますよね。最近はパーソナルトレーナーをつけて鍛えているアーティストも非常に多いですし、その結果、精神的にも健全なアーティストが増えていると思います。
――音楽を聴きながらランニングをすることについて、どのように考えていますか?
鹿野:音楽を聴きながらランニングをしていると、自分の心と街の景色が、リズムや音によって変わると思っています。自分自身をアップデートしていく気持ちがある人にとって、好きな曲を聴いて走るということは、好きな香水を付けたり、好きな服を着ているのと同じような気分の中にあると思いますね。
――鹿野さんも音楽を聴きながら走りますか?
鹿野:僕はランニングをする時には、音楽を聴かないです(笑)。音楽を感じない方が走ることが楽しいと思っています。なぜなら、普段の仕事でずっと音楽を聴いていますから、走っている時には静かに、リズムすら排除して自分と向かい合いたいんですよね。朝走りながら自分と会話をすることでリラックスできますし、とても大切な時間となっています。
――ランニングのために食事に気を遣いますか?
鹿野:僕はランニングも食事も結構、真面目に楽しみたいんですよね。元々大食いタレントまがいのこともしていたぐらい、ラーメン10杯、餃子100個とか全然行けた人間だったので。だからランニングをしているとさらに食欲が増すので、「食べたい物を食べるために、ランニングで代謝を善くして腹を空かせよう」というスタンスでいます。食べる物の選択肢が増えるということをランニングが与えてくれていると思っています。例えば、一軒食べて、あまり美味しくなかったなあと思えば、ランニングの後なら、あと2軒ほどなら全然食べ尽くせますので(笑)。
――長い距離を走ると疲れますし、辛いことも多いですよね。どうすればランニングを続けることができると思いますか?
鹿野:走りたい気持ちがあるのに走らない人や、走ることに対して躊躇してしまう人がいますよね。その気持ち、分かります。僕も毎朝、走りたくない気持ちに今でもなりますから。
だけど2km程走っていると、さっきは何だったんだ? と思うほど気持ちが良くなるんですよ、不思議と。で、3km辺りから体にスイッチが入って、体が軽く感じるようになってきます。これを感じることができれば、ランニングに対しての価値観が変わると思いますよ。
確かにね、毎朝走るとか、電車に乗っている人の人数と比べたら全然少ないですし、言ってみれば非日常だとは思うんですよ。でもそのちょっとした非日常的なランニングによって自分自身を解放し、日常に何か良い影響が及ぼされるんじゃないかと思います。わずか40分位走ることで気持ちをクリアにしてくれるので、非常にラッキーですよね。3キロ以上走れば、アドリナリンが出るのかな? ほぼ必ず気持ち良い瞬間がくると思うので、ランニングをお勧めしたいです。
――マラソンを通じて、今後の目標はありますか?
鹿野:東京マラソンでは今、有り難いことにチャリティアンバサダーを務めています。これをやっていると、この国のチャリティということに対する価値観を凄く感じます。つまりは「偽善じゃないのか?」という価値観なんですけど。でもチャリティって、何か心が動かされた人が、自分のできる範囲ですることだと思うんです。誰のためにやるわけじゃなく、僕は自分のためにやることなんじゃないかって思うんです。そういう意味のチャリティを広めていきたいですね。
マラソンではサブ4を一度だけ達成したことがあり、タイムは3時間51分台でした。昨年12月の埼玉国際マラソンで4時間0分52秒でゴールしたのですが、40km地点で「サブ4いけるじゃん!」と思ってギアを入れる度に太ももの内側が攣ってしまったんですよね(笑)。それで慌てて遅いペースに戻し、結果4時間を切ることができませんでした。今年の東京マラソンも4時間3分台でしたし、「何でこの3分をクリアしない自分がいるんだろう」と悔しくて悔しくて。でもこの悔しさは相当病みつきになりますよ。
なので今後はタイムでは3時間45分切りを目指し、100kmマラソン(富士ウルトラマラソン)にも出場してみたいですね。
――鹿野さんにとってマラソンとは?
鹿野:42.195kmは人間にとって辛い距離ですが、走れない距離ではありません。
その出来ないことはないけど、やらないよなあ普通ってことを合法的にやれる貴重な機会なんですよね。あとは、それをやるか、もしくは回避するか?
僕にとってマラソンとは、生きて働くための「リトマス試験紙」のようなものだと思っています。
(了)
取材:池田鉄平
文・写真:佐久間秀実
【鹿野淳(しかの あつし)】
1964年、東京都生まれ。2007年に音楽専門誌『MUSICA』を創刊。これまでに『ROCKIN’ON JAPAN』、『BUZZ』、サッカー誌『STAR SOCCER』の編集長を歴任。
各メディアで自由に音楽を語り注目を集め、音楽メディア人養成学校「音小屋」を開講。2010年には東京初のロックフェス『ROCKS TOKYO』、2014年にはさいたま初の大規模ロックフェス『VIVA LA ROCK』を立ち上げるなど、イベントプロデュースも手がける。