カテゴリー選択

お役立ちコラム

マラソン、トライアスロン、自転車などのスポーツ関連や大会に向けての準備など
お役立ち情報を発信しています。ぜひご覧ください!

自転車

2021/3/1

『熟年初心者がロードバイクに乗ってみた』⑯佐倉城址公園へのポタリング!

2月27日(土)に天気が良かったのでポタリングに行くことにしました。

晴れていて気温も上昇していたのですが、あいにく風も強く吹いていました。

 

先週は市川市の里見公園までポタリングしましたが、もう少し長い距離を漕いでみたいと思ってGoogle Mapで検索しました。片道25kmぐらいのところに佐倉城址公園があるので行ってみることにしました。

 

途中までは花見川サイクリングロードを上流に走り、川辺憩いの広場(花島公園)からは花見川サイクリングロードが工事中なので迂回します。国道16号線を横断した後はエンジュ通りを東に進みます。

 

花見川サイクリングロードは向かい風が強くて大変でしたが、川辺憩いの広場(花島公園)で休憩して一般道にでるとだいぶ楽になりました。

 

エンジュ通りに出ると整備された直線の道路なのでアップダウンはあるものの気持ちよく走れました。

途中の坂を登り切ったところで休憩しました。道の向かい側には東邦大学病院がありました。

 

一息ついてエンジュ通りから佐倉王子台のENEOS角を右折して七井戸橋方面を時走り、鹿島川大橋で鹿島川を渡り、さらに高崎川を渡りきったところから畑と住宅地を通って佐倉城址公園に向かいました。

 

城址公園のすぐ手前に「ひよどり坂」がありました。

観光客が記念撮影をしていたのでネットで検索すると、「武家屋敷通りに隣接した古径(こみち)で、江戸時代からほとんど変わらない美しい竹林に囲まれています。」ありました。

みごとな竹林でした。

登り切ったところには「大和田山大聖院」というお寺がありました。

 

もう少し奥に進むと武家屋敷があるようですが、あまりロードバイクから離れたくなかったので戻ります。

 

再び城址公園に向かいます。

佐倉市市民体育館の脇に急な上り坂がありました。勾配が急すぎるのでロードバイクを降りて手で押しながら上がりました。

 

ようやく佐倉城址公園に到着しました。

航空写真で見ると木々に覆われています。

北西を鹿島川、南西を高崎川が囲んでおり川で守られている地形になっています。

佐倉市のHPには下記の記述がありました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

佐倉城は、戦国時代中頃の天文年間(1532年から1552年)に千葉氏の一族である鹿島幹胤(かしまもとたね)が鹿島台に築いたといわれる中世城郭を原型として、江戸時代初期の慶長15年(1610年)に佐倉に封ぜられた土井利勝によって翌慶長16年(1611年)から元和2年(1616年)までの間に築造された平山城です。北に印旛沼、西と南に鹿島川・高崎川が流れる低地に西向きに突き出した、標高30m前後の台地先端に位置します。佐倉城はこうした地勢を巧みに利用し、水堀、空堀、土塁を築いて守りを固め、東につながる台地上に武家屋敷と町屋を配して、城下町としました。以後、江戸の東を守る要として、有力譜代大名が城主となり、歴代城主の多くが老中など幕府の要職に就きました。なかでも、幕末期の藩主・堀田正睦(ほった まさよし)は、日本を開国に導いた開明的な老中として有名です。

明治維新後には城址に陸軍歩兵第二連隊(後に第五十七連隊=通称・佐倉連隊)が置かれたために櫓や門などはそのほとんどが取り壊され、昭和20年の終戦まで軍隊が置かれていました。

公園の本格的な整備は昭和54年度から始まり、水堀の復元・本丸跡・出丸跡・三逕亭(茶室)などが整備されました。また、昭和58年、明治百年記念事業として、公園隣接地に国立歴史民俗博物館が開館し、現在に至ります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

地図の左側にある堀に囲まれたあたりに本丸、二の丸、三の丸があります。

 

城址公園の入口です。

 

ロードバイクで移動すると階段の上り下りが不便なので、国立歴史民俗博物館の駐車場に移動して駐輪します。

駐輪して公園に向かう途中に城址公園の案内図がありました。

北側が上の地図に慣れているので、西側が上の地図は感覚が掴みにくいです。

 

階段を下りて姥ヶ池に向かいました。

池の奥に桜の木が立ち並んでいました。木々に囲まれているので湖面が緑色に見えます。

 

奥にある桜です。2分咲きぐらいでしょうか花が咲き始めていました。

満開になるときれいなのだろうと想像しながらみてまわりました。

 

階段と坂を登って本丸に向かいます。

 

本丸に向かうルートの途中に堀田 正睦(ほった まさよし)像がありました。

作倉藩の第5代当主で日米修好通商条約の締結に尽力した方だそうです。

 

左側にはタウンゼント・ハリス像がありました。

初代駐日領事として日米修好通商条約の締結に尽力し、初代駐日公使になった人物です。

 

そのまま先に進むと三の丸跡、二の丸跡があり、台所門跡のあたりから開けてきました。

 

高い土塁がありました。この上が天守跡です。

 

上に登ると天守跡の碑がありました。

 

天守跡から観た本丸から二の丸方面の景色です。

 

銅櫓跡の先に建造物の跡が残っていました。

 

左側を見ると深い谷になっていました。

 

駐車場に戻る途中、基礎の石が並んでいる場所がありました。

 

ざっと見て回り、日没時間を考慮して帰ることにしました。

帰り道もエンジュ通りまではほぼ同じ道を通りました。

 

国道16号線を渡るのに手間取りましたが、花見川サイクリングコース休憩所まで戻り、サイクリングロードの工事個所を避けて、鷹の台カンツリー俱楽部を迂回して戻りました。

天の台付近に来たところで日没。亥鼻橋を渡り、花見川サイクリングロードを通って帰りました。

 

走行距離は50.04km、総移動時間3時間12分32秒でした。

 

往路

走行距離24.62km、走行時間1時間38分39秒、平均速度15.0km/h、獲得高度127m

 

復路

走行距離25.42km、走行時間1時間33分53秒、平均速度16.2km/h、獲得高度110m

 

今回は50km漕いだこと、城址公園で階段の上り下りを含めて2km以上歩いたことなどもあり、かなり脚が疲れました。

 

翌日には習志野市にある藤崎森林公園にマウンテンバイクで行ってきました。

漕ぎ始めこそ少し疲労感がありしたが、漕ぎだしたら問題なく現地まで行けました。

 

旧大沢亭がありましたが、コロナ禍のため閉鎖中でした。

走行距離12.2km、走行時間1時間2分19秒とゆっくり漕いできました。

 

今回は初めて50kmを超えるポタリングをしてきましたが、普段行かない地域に足を運ぶのは意外と楽しいので続けようと思います。

他の記事を見る